富士山評論2

ジャーナリスト 中島 健一郎

Journalist Kenichiro Nakajima

変貌の画家、曹亜鋼の世界

曹亜鋼画伯の桜や富士山の絵が好きだ。千鳥ヶ淵の満開のライトアップされた夜桜を見上げた時に溜息 をつくほど感激した美しさが曹画伯の大きなタブロー に描き込まれていた。光を浴びた花びらは白さが際立って輝く。月光を湛えた花枝はほんのりと赤味を帯びている。重なり合った花は暗闇に沈んで青く染まり、 奥行きの表現は宇宙へと突き抜ける。花見時期の肌 寒さすら表現されている早春の桜のドラマが見る人の 時間を劇的にする。

富士山は多くの画家が描いてきた。赤富士、黒富 士、雪をまとった富士、雲海からそびえる富士・・・多くの才能が富士山を描くことに挑戦してきた。曹亜鋼画伯はその富士山に 風を描き、太陽の光を当て、岩肌をきめ細やかに書き込む。雲が流れやがて小雪が舞う時の流れを描いた富士山の絵は曹画伯ならではだ。その曹画伯が創作に取り組む姿を見せてくれるというので 東京・銀座の曹亜鋼アートセンターに行った。びっくりしたのは制作台を囲む壁面に飾られた数々の新しい絵だっ た。これまでの作風と違った。「日本がとても好きで35年間も住んだ。心に焼き付けた日本の山、川 、滝、神社仏閣、四季、そして風や湿気まで私の頭を駆 け巡るイメージを描き込みました」と曹画伯はいう。

グスタフ・クリムトのような装飾的な平面かと思うとマルク・シャガールの作品のように音楽が聞こえてくる画面。そしてパウル・クレーさながらの色彩交 響楽が鳴り響く。重なり合う富士山は時とともに変化する姿なのか。パブロ・ピカソは人の顔も正面から見たのと横から見たのを混ぜた顔を描いた。アーテストは時間の経過によって見えたものを統合し描く。写実的な青の時代のピカソはそのように変貌して行った。そうした要素を含んただ曹画伯の絵は太陽と月、飛ぶ鳥と雲、五重の塔と鳥居を書き加え、書道のひらがなを重ねた図柄の帯が画面を引き締める。下手をするとご ちゃまぜになりかねないのに不思議なハーモニーが あるのは曹画伯の創造力ならではと言える。

「まだまだわたしの絵は変貌して行きます。終わりはありません」という曹画伯は更に新境地を切 り拓く決意だ 。制作中の曹画伯を見ていると、まるで感性の迸るまま図画用紙にクレヨンを走らせる子どものようでもある。夢中になって描くことを楽し んでいる。水墨画、山水画の流れを汲み、加山又造画伯に日本画を学んだ曹画伯は努力によって自分の伝統と革新の世界を生み、発展している変貌の作家だ 。絵を描く喜びをずっと持続し集中している子ども時代の延長線上に生きる画家である。額の中に窓(ひらがなを重ねた図 柄の帯がそう見える)を描き、その後ろに生け花を描いた絵はデフォルメされたひまわりの花の黄色に目が集中する。この絵に現代を生きる曹画伯がさらに変貌していく予感を覚えるのだった。

2022.11